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くず眼鏡活動報告

パターン青!使徒です!

きっかけ



ちゅーん!初日終演後、くるみさんと軽く打ち上げた際の何気ない会話。



「いつ、何がきっかけで寺島さんを追うようになったの?」





何事にも《きっかけ》がある。

始まりにも、終わりにも。

そんなお話をしようと思います。







高校3年生まで10年間続けたバドミントン、始めたきっかけは“その時仲の良かった子に誘われたから”。

やめたきっかけは正直わからない。たぶん、よさこいを始めたから、自然と手を離したのだと思う。でも、今でも夢に見るくらい、バドミントンが好きだし、選手に戻りたいと思う。



大学に入って唐突に始めたよさこい、加入のきっかけは“お披露目の演舞に感動したから”。

衣装も可愛くて、他チームからもちやほやされて、遠征もして、友達も日本全国に出来て、それでいて辞めたきっかけはチーム内の人間関係だった。みんなには“夢がある”と話したことを覚えている。もちろんそれは嘘ではなかったし、ビジョンがあった。だけど、それよりも離れたい理由はチームの空気にあった。



今では入り浸っているTwitter、始めたきっかけは“高校時代、突然友人にアカウントを作られたから”。

周りに始めた人多いからやろ!といって勝手に作られていた気がする(笑)たぶん、余程のことがない限りやめることはない。うん。




と、なんとなく思い付いたことの始まりと終わりの“きっかけ”を挙げてみました。案外、はっきりとした理由があって始めたことよりも《軽率に始めたことのほうが長続きしている》気がします。




そして話は戻って「寺島さんを追うようになったきっかけ」について覚えていることを書いてみようと思います。



わたしが寺島さんの名前を初めて見たのは《創聖のアクエリオン》のエンドロールでした。その時はまだ小学校高学年くらい、気に留めるほどではありませんでした。


声優さんとしてはっきりと認識したのはおそらく《うたの☆プリンスさまっ♪》。この頃からわたしの画像フォルダに寺島さんが増え始めました。(でもわたしの記憶が正しければ、作品からというより“寺島拓篤”という人物から入った気がする。)


そして完全に落ちたのはツアー《PRISM》でした。ご存知の方がどのくらいいるのかわかりませんが、わたしが彼に全てを持って行かれたのは最近です。


おまけにライブに参加したきっかけが軽率極まりない。日曜のHQイベの為に前乗りが決まっていたのですが、土日で寺島さんのライブがあることを知って、検索をかけたらそこそこの整番のチケットがお譲りに出ていたので《陽介くんのギターを聴きに行こうかなと思ったから》です。軽率にも程がある。寧ろ失礼に当たるのではと思うくらいである。


もちろん、元々寺島さんの楽曲は聴いていて好きだったこともあるけれど、どちらかというと最初は陽介くんにラブコールを送っていた気がします。(よく刺されないで帰ってこられたな)


ライブが終わり、ちゃんまおの家についたときには「寺島拓篤格好良い!!!!!」の一点張りだったのではないかと思います。

(恐らくわたしの寺島さんへの好き度合いの移り変わりを一番見てきたのはちゃんまおなんじゃないかな。)




……と、お話させていただきましたが、落ちた最大のきっかけは『PRISM』でした。その後は知れば知るほど落ちていったわけです。



声優さんだというのにわたしのツボをついてくるのは外見。黒髪マッシュ×メガネ×片耳ピアス×八重歯×低身長×(なつめちゃんならわかってくれるであろう)骨格。さらに挙げるなら、口角と、(主に下の話で)笑った時に下がる眉。ほんとダメ。



「…いや、声は!?」と言われたら、ラジオで話しているときのトーンが一番好きです。

「お芝居としての声は?」と言われたら、デュラララ!の渡草、コードギアスのアシュレイ・アシュラあたりのトーンが好きです。


「性格は?」

これって難しいと思うんですよね。たまに目にする“~さんの人柄が好きです。”の言葉。確かに、イベントやラジオでの姿で「ああ、この方は根からいい人なんだろうな」って感じるのはわかります。だけどそれが本当の姿とは限らないし、なんとも言えないところなんですよね。


“声優男子。vol.3”のインタビューで諏訪さんが「ラジオって素顔が見えるメディアと言われていますけど、ラジオでのトークは素じゃないですよ。表裏があるということではなくて、みんなラジオをしに来てるんです。でもそこで出る言葉は、嘘じゃない。その人が生きてきたなかで見てきたもの、感じてきたものから出ている本当の言葉なんです。だからラジオって素が見えるよねって言われるんだと思います。」と仰っていたのが印象的です。



なんか全然違う話をしている気がする。


寺島拓篤が好き!』な記事はまた今度更新しますね。



《きっかけ》と銘打ったので“PRISM”に辿り着くまでのお話もしようと思います。



何度かお話しているのですが、両親共にアニメ好きだったこともあり、幼稚園の頃にはポケモン博士となっていました。本格的に落ち始めたのは中学生の頃、“黒執事”や“REBORN!”だったと思います。中の人に初めて興味を持ったのは《近藤隆さん》でした。雲雀さんですね。(笑)しかし、ここではそれほど“声優さん”というジャンルには落ちませんでした。

その後も大学入学まで、ただのアニメ好き、くらいだったと思います。(というのも、わたし熱しやすく冷めやすい典型的な人間なのでそこまでドハマりしなかったんですよね。)


ヲタクの道に足を踏み入れたのは、《黒子のバスケ》がきっかけだったように思います。漫画も全冊持っていたし、グッズが出るなら箱買い、アニメ円盤も毎月購入していた気がします。最初は純粋に、ただ“ストーリーやキャラが好き”でした。


ある日テレビ放送を見ていたら、合間に流れるCMに《KUROBAS CUP2013》とありました。そのCMを見たところ、どうやら中の人のイベントらしいと察したわたしは興味本位で購入してしまったわけです。

これが全ての始まりだったんじゃないかな…


ここでまず落ちたのは、この時の推しだった黄瀬涼太を演じられていた《木村良平》さんと、高尾和成役《鈴木達央》さん。

良平さんは普通に「ああ、この人はいろんな方面から人気あるんだろうな」って思ってた。

達央さんは、声優というよりも《OLDCODEX》とのギャップに落ちた気がする。最初はどちらの活動も追っていたけれど、あの日のライブに参加してからはOCDに絞られていきました。

ずっと、地方民でイベントにもライブにも参加しない在宅だった。全てが変わったのはきっと《2014年5月7日》のhangover。

ひとりで飛行機に乗って遠征して、たくさんのフォロワさんに会って、初めて“現場”の空気に触れたあの瞬間、わたしはこの世界に落ちたのだと思う。


ここでたくさんの素敵な出会いがあったけれど、ひとつひとつ遡っていたらキリがないのでまた機会があればゆっくりと。



(ちなみに、あれだけ追いかけていたOCDで遠征をやめ、離れつつある理由は“オーディエンス内の空気についていけなくなったこと”と“道産子デックスで足りることに気が付いたから”です。)



それからというもの、アニメ円盤よりも、キャストのイベント円盤やライブ円盤を漁る日々。(笑)声優さんって、こんなに多岐に渡ってお仕事をされているのか…!という新鮮さがわたしの好きを加速させました。


その中で出会ったひとりが寺島さんでした。ただ、それだけ。何故かわからないけど、惹かれるものがありました。どうしてだろう?未だに落ちた理由も、タイミングも、はっきりしていません。(やっぱり外見説)


先に少し触れたように、何かの作品からというよりも、“寺島拓篤”という人物に興味を持ったことはなんとなく覚えています。だからお芝居に関しては、彼の出演作をwikiで遡って順番に全部チェックして、これに出ていたのかー!と擦り合わせていきました。


本気で興味を持ったことは、一から調べたい人間なので、この時に歌手活動も追いかけ始めたのだと思います。たぶんラジオ関連もこの時期かと。それすら曖昧。(笑)


でも、この時点ではまだ本命ではありませんでした。実際、寺島さんの出演されているイベント・ライブに参加したのはPRISMが初めてなんです。自分でも遡っていて驚きました。たった1年半弱。一体何があったんだ!!!!!!


(自分のTwitter各アカウントを限界まで遡ってみた。めっっっちゃ面白かった。笑)


そして、軽率に足を運んだあの日の“PRISM”に繋がるわけです。(繋がるのか…?というツッコミは足りてます大丈夫です)


時系列ごっちゃになっていたらごめんなさい…



ここまで話して結局は、わたしのパターンとして『軽率な好きほど長続きする』ことに帰結します。



なんとなく、《きっかけ》というキーワードでつらつらとお話させていただきましたが、いかがでしょうか。わたしがまだまだ新規だということが伝わっていれば十分です。(笑)



今回のこの記事が、読んでくださった貴方の何かの《きっかけ》となりましたら幸いです。






はぐらかしているコイバナは次あたり更新できそう、かな?